「人」+「目的」をつなぐ
社内で注目を浴びるチームに配属になったらと想像してみてほしい。あなたの仕事は企業文化の変化をリードし、可視化や信頼性、コラボレーションの構築を促すことで、それは自社の未来へのビジョンと外部コンサルタントの調査データに基づくCEOからの命令でもある。そして、まずしなければならないことは社内の機密保持契約書に署名して、チームがしていることを口外しないことを誓約することである。
他の例としては、新製品導入でブランドを再生しようとする大手メーカーの本社に出向くとしよう。そのメーカーの首脳陣は画期的な広告キャンペーンを打ってスタイリッシュなブランドイメージを構築し、脚光を浴びようと考えている。また、社員に対しても新たなエネルギーを吹き込んで企業文化を活性化させ、「イノベーション」を軸にした考え方を社内に定着させようとしている。しかし、この会社のワークスペースはというと、元々は製造施設であったスペースを変換したものでそのスタイルは1920年代風のプライベートオフィスが配列された時代にそぐわないものである。
こうした例のように、働く現場が組織の目的と合致していないといった話はよく耳にする。Steelcase Applied Research + Consulting (ARC) のチームリーダーであるJennifer Jenkins氏は「目的、あるいは意義といったものは社員の労働意欲を高める上で鍵となる要素の1つです。」と説明する。
世界経済において国際競争が激化する中で、社員の労働意欲の問題は今日の企業にとって無視できない問題になってきている。
「私たちは企業の目的は戦略やブランド、企業文化が交差するところにあるべきで、これらの3つの要素がひとつに合体して始めて労働意欲が高まり、その結果、企業は成功すると考えます。私たちは、毎日のワーク体験を改善し、企業がその目的に向かって繁栄できるような戦略を提案しています。」
「目的」の方程式
Gallup社の調査では、驚くことに、世界中の10人の就労者のうち、仕事に意欲を持っているのはたったの3人だけという結果がでている。しかも、この比率は過去10年間ほぼ変化していない。上司を優秀と感じている人は10人のうち1人で、このことが引き起こす仕事上での損失コストは数千億ドルにものぼるという。
一方、同調査ではまた、社員の労働意欲が健全に高まると、1株当たりの利益はおよそ150パーセントアップし、株価は急上昇するとしている。そして、社員は非常に高い生産性や利益率を達成し、お客様満足度を向上させ、事故の発生率を減少させるという。
では、企業がその「目的」に到着するまでの道のりはどのようなものだろう? 即座に企業を変革できる魔法の秘策などといったものは存在しない。しかし、効き目がある方法としては、ワーク体験を改善し、実証済み戦略を組み合わせ、毎日の現実に企業目標を合致させていくことである。それにはまず「目的」や「意義」を明確に設定するところから始めなければならない。
「私たちは企業の目的は戦略やブランド、企業文化が交差するところにあるべきで、これらの3つの要素がひとつに合体して始めて労働意欲が高まり、その結果、企業は成功すると考えます。
Jennifer Jenkinsチームリーダー、 Applied Reasearch and Consulting
今日、「意義」に関する議論が活発に行われているが未だ流動的な面がある。ウェルビーングや経済学、心理学といった側面とも関係し、その議論は一番最近のダボスでの世界経済フォーラムからグローバル企業の取締役会議まで至る所で行われている。企業の動きはその「目的」を仕事のあらゆる側面に浸透させていこうとしていることだ。Whole Foods社の共同創設者John Mackey氏は最近のインタビューで次のように述べている。「人々は生活のためだけに働くことを望んでいるわけではありません。そこには人生の目的や意義が深く関わり、自分の仕事が社会の役に立っているという感覚を欲しているのです。」
「Purpose Economy (目的型経済)」の著者Aaron Hurst氏もこの問題に著書の中でも触れ、こう述べている。「人間は個として成長し、意義のある人間関係を築き、個よりも高次なものに従事して始めてその目的を感じる。そして、人間はその個人的で社会的な目的を本能的に追求するようにできている。」
Hurst氏によると、「意義」を求める意識は決して今に始まったものではなく、それは古代ギリシャまでさかのぼるという。しかし、昔と比べて今はそれが世の中の大きな動きになっているということだ。例えば、新興経済全体を推進させているのもこの動きである。昔は現金が一番で、「意義」など考慮されない時代があった。それが失敗に終わった結果辿り着いたのが「目的型経済」という考え方である。世界的景気後退は人々の価値観と優先順位づけを大きく変化させた。人々はより安定性とより明確な目的を意識するようになったのだ。今日、人は生活だけのためだけではなく、自己を成長させたい、社会のために役立ちたいためにも働いている。これは人間の本能的、根源的欲求階層の最も高次にある「自己実現・自己超越欲求」である。
SteelcaseのNicolas de Benoist研究員は、数年もの間ワーカーのウェルビーングと労働意欲の問題を調査してきた。その彼は「人は自分よりも何か素晴らしいものに従事していると、日常生活のストレスに直面しても回復力が早いのです。反対に目的がないと、日常生活の細々したことにとらわれてストレス漬けになり、大きな目標を忘れてしまいがちになります。」と述べている。
しかし、この「意義」は動機と混同してはならない。「意義」とは自分の信念と強みに合致する仕事を見つけることと深く関係し、大きな枠の中でその仕事がどう役立っているのかを知ることでもある。企業は個の強みを生かすのではなく、弱みを改善するように従業員に頻繁に要求していないだろうか。調査では、ワーカーは自分の強みや最も得意とするスキルを奨励されると仕事への意欲ややる気が向上することが分かっている。
こういう状況になると、ワーカーはより自分らしく、その能力を最大限に引き出せることになる。「あるがままの自分を追求しないで意義を語ることはできません。意義とは共通の目標を持った中で、個々の資質と才能を自覚し、他者と共有することから生まれてくるのですから。」とde Benoist研究員は主張する。
「私たちは企業の目的は戦略やブランド、企業文化が交差するところにあるべきで、これらの3つの要素がひとつに合体して始めて労働意欲が高まり、その結果、企業は成功すると考えます。私たちは、毎日のワーク体験を改善し、企業がその目的に向かって繁栄できるような戦略を提案しています。」
Tim Quinn担当副社長、ARC
この共通目標に向かって仕事をしているという感覚は、小さなタスクがより大きな目的につながった時に大きな充実感をもたらす。特に大企業では、この個の仕事が分離され、共有されず、適切に評価されない感覚に悩む人も多い。「目的がなければ、人はフラストレーションを感じ、後ろめたささえ感じるようになります。その場合、企業が個の価値を正直に明確に言い表すことで、社員は自分の仕事に充実感を感じることができるのです。」とBenoist氏は述べる。
変革のための戦略
組織の中で目的を育むには多面的なアプローチが必要になる。ARCの担当副社長であるTim Quinn氏はこう語っている。「私たちはスペース、ワークプロセス、テクノロジーが人間の行動にどう影響し、サポートするかに着目し、最上のワーク体験を生み出すにはどうすればよいかについてのお客様との対話の機会を増やすよう努めています。」
Quinn氏は本社スペースが戦略、ブランド、企業文化を強化するように意図を持ってデザインされた事例としてGoogle社とApple社を引用している。Google社の目的は「発見する」ことにあり、その可視化された企業文化が明確にスペースに反映されている。そのため同社の新キャンパスはグリーンでカバーされた半透明の天蓋屋根が特徴的で、ショップスペースもあり、新たなニーズに容易に対応できるようなオフィスとして設計されている。一方、Apple社は「アイデアを育てる」ことに重きを置き、どちらかというと防護的アプローチを取ることで有名で、それが本社のスペース設計に生かされている。
「スペースとはツールの1つにすぎません。私たちはお客様の企業の従業員が、また組織全体がその目的に沿った行動がとれるようなスペースを立体的にみせるよう工夫しています。仕事の仕方はスペースだけでなく、すべてのワーク体験の中に目的があるため、人事、ITプロセスなどの他のエリアにも大きく影響を及ぼします。」とQuinn氏は主張する。
前述したように、当初の要求は時代遅れの空間を新しいビルでもっとインスピレーションが湧くような、柔軟な環境にシフトして欲しいというものだった。「私たちはCEOとの話し合いを重ね、なぜ物理的空間ではなく、彼が望んでいる従業員の行動や企業文化に焦点を当てることがより重要なのかを説明しました。」とQuinn氏は述べている。結果として、全体査定を実施したことで、同社には信頼性、透明性、リスク負担、そして権限委譲においていくつかの認識ギャップがあることが明らかになった。
「これはクライアントと目的を追求する段階でよく起こる問題です。企業は従業員に対してもっと恊働で仕事をするように要求している一方で、評価や報酬はあくまでも個人に対しての貢献にしか与えなかったり、イノベーションを求めながらも、実際はリスクを冒すことは奨励していないとか、会社全体の方向性の中での積極的な戦略を求められるなど、従業員は戸惑うことも多いのです。」
この事例では結局、信頼性、透明性、リスク負担、そして権限委譲を築く行動と経験を育成できるような新たなスペースがデザインされた。この新スペースでは、管理職のモバイル化や可視化が促進され、情報はスペース中に配置されたデジタルディスプレイで共有されるように工夫されている。そして、ワークカフェを設置したことで社員は自由な中で働き、ソーシャルに人とつながり、チーム力も強化された。これらの変革によって、従業員は組織とより密につながり、「目的」の遂行に貢献できるようになった。
もうひとつの例をあげよう。あるメーカーは業界を変えてしまうような新製品のアイデアを開発したが、結局は発売に至らず、その後、競合メーカーが同様の製品を発売し、大ヒットにつながったとしよう。前社のCEOは何故あの時に最良のアイデアが具体化に至らなかったかを自問自答する。ARCの査定では、首脳部が求めていた行動や成果と社員が検討するよう求められていたものとの間には大きなギャップが存在したことが明らかになった。新製品の開発者はアイデアを生み出すよう言われたが、その成果に対する評価は報酬を与えるでもなく、失敗の際の効果的なサポート体制も確立していなかった。その結果、誰も開発中の悪い結果については共有しようとせず、最良のアイデアが取り上げられることもなかった。この結果に対して、Quinn氏は期待と成果の測定が交差するところをもっと慎重に検討すべきで、企業は「目的」のある行動をもっと奨励し、それに対しては報酬を与えるべきだと提案している。
「目的」を明確にする
新たに登場した「目的型経済」の勢いが今後も高まり続けるとしたら、企業はその方針や信念、そして価値観までも再検討する必要に迫られることになるだろう。そして、企業は行動と期待の間にあるギャップを克服し、新しい方針のもとに「目的」を推進する文化を育てるようなワークプレイスづくりが必要になる。また、「意義」を求める動きがますます広まれば、働き方や働きたい企業のあり方、そして、その選択方法をも塗り替えることになるだろう。それに呼応するかたちで、進歩的企業は企業目的を見直し、目的を明確に伝えるようになり、従業員は日々その目的を感じながら仕事をすることになるだろう。「意義」が求められる新時代にあって、「目的」が新たな職務内容になる日は近いかもしれない。
「目的」を浸透させる
ARCでは、企業であるお客様が目的意識を表現し、強化することをサポートする際にまず現状を的確に把握するようにお願いしている。なぜなら、現実と理想との間にはしばしばギャップがあり、それが 戦略を実行する際に「目的」を毎日のワーク体験に浸透させることを難しくするからだ。
もし、企業がその文化と行動をより大きな目的意識に導きたいのであれば、右記を
考慮しなければならない。
あらゆるレベルでこれらの質問を常に念頭に置くことで、企業は従業員の毎日のワーク体験にその「目的」を浸透させることはより容易になる。
企業に対する質問
- 明確な目的があるか? そして、すべてのレベルの従業員がそれを理解しているか?
- 情熱を持って目的を達成しようと思えるか、そして、それは達成可能か?
- それは行動を起こさせる強い動機要因になりうるか?
リーダーに対する質問
- 社内でのワーク体験は個人のスキル/能力が最大限に発揮されるようにデザインされているか?
- 「目的」によってコミュニティが生まれているか? 上手く恊働できていると皆が思っているか?
- 現状に挑戦することにリスクはないか?
個人に対する質問
- 企業の目的を理解しているか?
- 組織は風通しがよいか? 自分の貢献は企業の目的に役立っているか
- 仕事に納得し、意義を見いだしているか?
- 自分がしている仕事を信じているか?
- 学び成長する機会があるか?