新たなIQ の登場
イノベーション指数を増幅させる
「イノベーションを、さもなくば死を」。これは1997 年にア メリカの経営コンサルタントであり、作家でもあるTom Peters 氏が表現したフレーズです。その当時、それは正し いとは言われてはいましたが、今、まさに真実として世界 中の企業のCEO たちの重要課題になっています。いまや、 イノベーションは企業の成功にとってなくてはならない要素 であり、企業戦略として位置づけられていることが不可欠 な時代に突入しました。
業界をリードする企業は厳しい環境の中で企業として生き 残り、繁栄するためには組織を一段と強力にし、成長に向 かってシフトすることが重要でイノベーションはそのための 方法であると理解しています。実際、最近のMcKinsey の調査によると、グローバルなビジネスリーダーの33% が 「製品とサービスのイノベーション」を今後3 年間の最重 要課題として位置づけています。しかし、その中で企業はイノベーションにまつわる数々の課題、例えばグローバル競争の激化、優先事項の短期化、そして企業目標との統合などの現実的な問題にも直面しています。その結果、企業はあらゆる方法で企業としてのI.Q(=InnovationQuotient)、つまりイノベーション指数を伸ばそうと努力しています。
最近のIBM のグローバル調査研究によると、企業のリー ダーの69% はイノベーションを起こすポンプ的役割を外部 に求めていることが明らかになっています。「あらゆる業種 の企業がイノベーションを深く理解し、もっと破壊的な思 考に追い込む方法を模索しています。」とSteelcase WorkSpace Futures の企業戦略VP でもあるSara Armbruster 氏は述べています。「企業は外部のビジネス パートナーを新たなアイディアの触媒的役割として使いな がら、社内にもイノベーションを根づかせることが必要で す。」
イノベーション:動的な活動
企業がイノベーション指数を上げることを求めると、彼ら の最大の難題はプロセス自体のデータ不足というよりは情 報過多にあることがわかります。イノベーションのカリスマ と言われるClayton Christensen、Chip Heath、Tom Kelley、Larry Keeley、Roger Martin 氏などによるこの 種のテーマ本はアマゾンだけでも55,000 冊以上とも言わ れています。本の他に記事や講演、コンサルティングやワ ークショップなどが巷に溢れています。その中で、企業の リーダーたちはイノベーションを助長させるための正しい戦 略を立案することに少し怯んでもいるのです。
イノベーションに関して言えば、「どのように、なにを、なぜ」という質問に対する情報は十分なほどあるのに「どこで」ということに対する情報は注目されていません。
チームの中でそれぞれの経歴や価値観、そして働く場所が多様であればあるほど、よいアイディアが生まれるということです。
「多くの企業が物理的環境とイノベーション の関係を見落としているのが現状です。」とArmbruster 氏は指摘します。「物理的スペースの果たす役割は非常に 大きく、それは人の行動様式をカタチづくり、イノベーショ ンが助長される“ステージ” を創りあげます。」
「イノベーションは極めて動的な活動です。」とSteelcase のグローバルデザインチームのVP であるJames Ludwig 氏は語っています。「スペースは人間同士の相互交流や何 かを探求したり、試みたりすることと密接に関係しています。 つまり、人間同士をリアルに、バーチャルに繋ぎ、恊働さ せる環境を提供することでそのスペースからイノベーション が生まれるのです。」
15 年にもおよぶ多角的な側面からのグローバル調査研究 の結果、Steelcase は物理的環境が成功のために不可欠 な人間同士の相互交流を増幅させることも、減退させるこ ともできるパワーを秘めていることに気づきました。
教育やビジネスにおける創造性やイノベーション、そして人 材開発の世界的な第1 人者であるSir Ken Robinson 氏 もこの意見には同調しています。文化的要素がイノベーシ ョンを加速させ、組織の誰もが参画することが重要である と述べています。「イノベーション文化を根づかせるには一 定の条件が必要です。企業文化とはそこで働く人の行動様 式が生息する地のようなもので、人々のアイディアが受け入 れられ、自由な裁量権や報酬が与えられる土壌や新しいア イディアを生み出す物理的環境に深く関連しているので す。」
Steelcase では社内の研究員やデザイナー、マーケティン グのプロたちが人々の行動様式やそれが生息する場をさま ざまな角度から調査、研究しました。業界をリードするシ ンクタンク集団と恊働し、多角的な視点から、21 世紀の 原動力となるイノベーションを追求し、ロッテルダムのベル ラー研究所とも提携し、物理的環境がいかに創造的思考 を強化するのかを探りました。Steelcase は同社の企業開 発センターに社員の行動様式プロトタイプとして、さまざ まなスペースを創り、エスノグラフィー手法を使って社員の 行動様式を細かに観察、評価しました。それに加え、ベン チマークとして世界のトップクラスの企業6 社、Apple、 Nike、IDEO、Stanford d-school、Nokia、Gravity Tank を業界をリードするイノベーターとして位置づけまし た。
「物理的スペースの果たす 役割は大きく、それは人の 行動様式をカタチづくり、 イノベーションが助長される “ステージ” を創ります。」
Sara Armbruster,Vice President, Steelcase WorkSpace Futures and Corporate Strategy
Steelcase チームは社内内部から外部のパートナーシップ にいたるまであらゆるイノベーションモデルを調査研究しま した。これらの広範囲に渡る調査を通して明らかになった ことは、ほとんどの企業がチームは同じスペースで働くべ きであるという先入観を持ってイノベーションスペースを考 えているという事実でした。「学んだ結果分かったことは、 他の企業はイノベーションとは同じ一つの場所で働くことで 生まれると間違って解釈していることでした。」と Steelcase のデザイン部長であるCherie Johnson 氏は 述べています。「しかし、私たち、Steelcase での経験は それとは違うものでした。チームの中でそれぞれの経歴や 価値観、そして働く場所が多様であればあるほど、よいア イディアが生まれるということです。イノベーションプロセ スにおいては他の文化的要素が混ざれば混ざるほど、直面 している問題に対してさらに深い見識がもたらされると言 います。」
チームはイノベーションが同じ場所で働く人同士の間で起 こるという古い考え方に真っ向から挑戦することになりまし た。その代わりに、彼らは世界中に広がるグローバルチー ムがつながるように物理的環境をデザインするほうが、よ り良い結果がもたらされるという信念を掲げました。「私た ちはグローバルチームをイノベーションネットワークにおけ る結び目のようなものだと捉えています。物理的環境は場 所に関係なく、それぞれの結び目の能力を活性化するよう にデザインすることができるのです。」とSteelcase のマ ーケティングのVP であるAllan Smith 氏は述べています。 最終的には、意図的に考えられたワークプレイスというも のは個人、チーム、そしてグローバル企業としてのパフォ ーマンスを増幅させ、持続的にイノベーションを生み出すこ とにつながります。
イノベーションのシステム
イノベーションへの挑戦はあらゆる業界にとって普遍的な 課題で、我々の時代にあってはあらゆる意味で不可欠な要 素であるといえます。Steelcase が採用したひとつのアイ ディアは、イノベーションは単調でない複雑な大きなひと つのプロセスだということでした。例えば、ひとつのアイ ディアを思いついたら、他のチームに渡して、前に進ませ るという単純なことではないのです。イノベーションとは人 間関係、行動パターン、反復などに基づいた複雑で適応性 のあるシステムのようなものです。このシステムのすべての 要素が、時にまったく予測できない方法で相互に作用した り、結びついたりします。私たちは物理的環境というもの はグローバルなイノベーションシステムの一つの結び目だ と捉えています。
イノベーションスペースの本当に重要な要素は相互交流、 アイディアの共有化、システム内の様々な分野にわたる思 考の可視化を促進するということです。時に人々は新たな 発見やプロジェクトに夢中で内容に集中している状態の中 でも「これをどうやったら他の人を共有できるのか? どう やったら可視化できるのか? この発見をどうやったら他の 人に伝え、その気持ちをシェアできるのか? 」などと客観 的にみて判断することは難しいときがあります。なぜなら、 どれだけその内容が重要であろうと、そのシステムの中で、 人と交流せず、また他の人を巻きこまなければ、本当の意 味でのイノベーションは生まれません。
イノベーションシステムが繁栄するためには、各々がその仕事に身を浸し、仕事に夢中になることが必要です。そして、スペースもその夢中になっている仕事が自由に泳ぎ、遊び、進化することができるように意図的にデザインされなければなりません。なぜなら、システムは予測不可能で、何が転がっているかわからないからです。例えば、ある人が抱えている仕事に関して面白い質問をしたとしましょう。そうしたら、まったく別の問題に取り組んでいる人が閃いてアイディアが生まれたということはよくあります。パラドックイノベーションのシステムスのように見えるかもしれませんが、私たちはあえて、こういう偶然に大発見をする幸運、偶然に出くわした出会いを起こすような仕掛けを考えてスペースをデザインしたいと思っています。そうすることで人々は自分の仕事だけでなく、さらに大きなことを成し遂げる意味を理解できるようになるのです。
多くの企業は自社のイノベーションプロセスの中で、どうやって適した人材を集めて恊働させるのかを模索しています。私たちはあるシステムが多様であればあるほど、システムはより健全になると考えています。よって私たちはスペースの中にグローバルチームも組み込み、ユーザー主体のテクノロジーを活用して、その距離を最小限にするように努力しています。性別、宗教、専門的知識や経験が多様であること、そのすべてが重要な要素です。しかし、地理的多様性はチームにさらに大きな経験と発見をもたらします。それが最終的にイノベーションシステムをさらに強化し、変化の速い時代に素早く対応できる土壌をつくります。
イノベーションでの発見
その研究調査をまとめる際に、Steelcase チームはイノベ ーションの動的プロセスとそれを育てる人間の行動につい ての5 つの包括的な発見を見いだしました:
イノベーションは創造的コラボレーションの直接的な結果です。 。創造的コラボレーションは何か新しいもの=イノベーションを築きあげることで、幅広い分野の専門家、多様なバックグラウンドや経験を持つメンバーからチームを必要とし、彼らの使命は新たなアイディア、新たなテクノロジー、そして創造的なコンテンツを生み出すことです。人間同士の相互交流は創造的コラボレーションを促進し、物理的環境はまさにこの交流を活性化し、社員の能力を生かし、価値を高めるパワーを持っています。
「創造的コラボレーションはイノベーションを助長する高 次元なプロセスで、コラボレーションは共有するマインド を築きます。」とSteelcase チームを先導するFrank Graziano 氏は言います。
イノベーションとは謂わば、学習であり、社会的なプロセスとも言えます。人々がさまざまな能力を持つ人々と恊働し、一緒に何か新しいものをつくりあげることはまさに、高次元の学習方法、そしてコラボレーションの姿なのです。
イノベーションは社会の動向とテクノロジーの間を繋ぐものです。 テクノロジーは私たちの働き方に大きな影響力を持っています。なぜなら、私たちはテクノロジーを駆使して情報や知識を得るからです。テクノロジーがユーザーにとってより直感的になると、人々は情報を平等に共有し、透明性も増し、迅速に共通の理解をもとに協力ができるようになります。
「昔、テクノロジーは私たちを仕事から解放し、余暇の時 間が増えるものだと思っていました。しかし、実際はどうで しょうか。仕事から解放するかわりに、どこでも働けるよう になったことで人々はより多くの仕事をこなし、より大きな ことを考える時間が増えたのです。」とLudwig 氏は言い ます。
イノベーションは集団としての創造性をあおり、集中できる個人ワークを必要とするチームスポーツのようなものです。イノベーションの社会的側面に重点を置きすぎて、企業は時に個人の集中ワークの重要性を忘れがちです。チームに対して貢献するには、アイディアが生まれるまでには個々人が熟考する時間や場所が必要です。イノベーションを助長する物理的環境は、まず創造的コラボレーションをサポートする「WE」スペースと個人の集中ワークをサポートする「I」スペースのバランスをとることが重要です。
「私たちがコラボレーションの行動様式を理解し始めたとき にようやく、熟考とコラボレーションは互いに強く依存して いる関係であることが分かりました。」とGraziano 氏は説 明します。
<strong今日のコラボレーションはリアルとバーチャルの両方で起こっています。海外に分散するチームメンバーの多様な経歴と経験を生かすためにはリアルタイムの相互交流は必須で、そのことでチームはより集中し、仕事をこなすことができます。ただ単に時差を利用して開発を短縮するために地域のタイムゾーンの間で仕事が行ったり来たりするのではないということです。創造的コラボレーションはリアルタイムで相互に交流するチームメンバーの間に築かれる「信頼」を必要とします。その際の問題は電話会議やビデオ会議の際にコミュニケーションやコラボレーションが大幅に減少した時に生じる「存在の間のギャップ」というものをいかに軽減するかということです。
創造的で何かを生み出すコラボレーションは少人数のグループのときに起こります。 よくあるのは大人数の中での1 対1 または3 人までのグループでの場合です。大人数の場 合は慎重にその人数が検討されるべきです。そのコツは気 を重くさせずに適正な能力やスキルを持つ人材やその多様 性を活用することです。
「多様性と規模のバランスを図ることが重要です。経験とス キルの多様性を重要視しすぎて大人数になりすぎると複雑 になり、自分の首を絞めることになります。私たちは経験 則で理想的なチームのサイズは6-8 名と見ています。特に 1 対1 のペア、3 名までのチームの力は偉大です。もし多 様性の強いメンバーの場合は最小限のサイズが一番よいで しょう。」とGraziano 氏は主張しています。
煙突の数からアイディアの数へ
長年にわたる広範囲におよぶ研究調査を経て、ようやく Steelcase は自社のイノベーションセンターの創設に着手 しました。Ludwig、Smith 両氏の協力を得て、 Armbruster 氏はチームを編成し、自社工場跡地を再考 し、研究調査での今までの発見を反映させた、まったく新 しいスペースを実現しました。
活用されていない製造跡地を再利用するということ。それ はSteelcase はもちろん、時代遅れとなった古い産業が 直面している答えがそこにあります。「産業革命の時代は、 企業の誇りの象徴は建物から出る煙突の数でした。しか し、現代にあってそれはアイディアの数なのです。皮肉な ことに生産でのイノベーションが私たちをこのスペースか らまったく異なるイノベーションへと解放したのです。」と Ludwig 氏は語っています。
新たなイノベーションセンターの創設は相互に連結し、依 存している世界での競争に打ち勝つために考えた一つのソ リューションでした。「一緒にビジネスをしている他の成熟 産業と同じで、私たちはイノベーションを加速する方法を 必要としていました。クリエイティブなアイディアをスピー ディに生み出し、素早く市場に導入することが不可欠なの です。イノベーション文化の行動様式を 助長させ、そのプロセスで有能な人材を 仕事に集中させる物理的な目的地=「場」 が必要だったのです。」とSmith 氏は言 います。
「私たちはイノベーション文化の行動様式を助長させる物理的な目的地=「場」が必要だったのです。」
「私たちは昨年創業100 周年を迎えたことがきっかけとな り、自分たちにこう問いかけたのです。次の100 年のイノ ベーションの条件となるものは何か。」とLudwig 氏は述 べています
「イノベーションは私たちにとってはコアとなる事業戦略で す。そして社員にお願いしたのです。イノベーションへと 導く行動様式を受け入れ、仕事に精を出すことを。」特に 世界中で事業を展開している企業にあっては一緒に働くチ ームメンバーは必ずしも同じ場所にいないのです。イノベ ーションの社会的側面をスペース、情報的観点からそのバ ランスを考えることが重要です。ミシガン州のグランドラ ピッツ市にあるグローバル本社の敷地にある325,000 ス クエアフィートの正方形のスペースは267 名を収容し、世 界中に分散したチームメンバーと仕事ができるようにデザインされています。「もう一つ重要な事業戦略は今まで以 上にグローバルに統合された企業になることを目指すこと です。それには世界中に散らばった人材をうまく統合し、 活用することが不可欠で、分散したチームメンバーがリア ルタイムにコラボレーションできることが要求されていま す。」とSmith 氏は言います。