航海でのリーダーシップ

大西洋横断ラリーからの教訓

所要時間 4分

Rick Bomer
営業本部長、Coalesse

午前4時。夜空に輝く満天の星以外にあたりには何もない。他のボートの影を感じながらも、この広大な大海原に放り出された瞬間から誰もが孤独に押しつぶされそうになる。今はただ安定した確実なコースを保つことしか念頭にない。それはヨットによる大西洋横断新記録の樹立だ。

過酷な航海を終え、当時のことを振り返る余裕ができると、あの真夜中の航行やその過酷な環境の中で自分たちが何を成し遂げたかが思い出される。私たちのチームはカナリア諸島からセントルシアまで動力装置なしのヨットで、しかもたったの8日間で大西洋を横断するという大西洋横断(ARC)レースで優勝したのだ。航海での「リーダーシップ」を思い知らされたレースだった。ビジネスと航海というまったく違う環境ではあるが、そこには明らかに共通点があるように思えたからだ。

ビジネスで成功するには強固なチーム力が求められる。その実現はたとえストレスフリーの作業環境であっても、決して容易なことではない。過酷な状況下でのヨットレースなら尚更である。クルー15人が企業のCEOの個室より狭いデッキスペースで、時速23ノットで移動しながら9日間を共に過ごすのである。激しく揺れ傾く船上で誰もが仕事4時間、睡眠4時間というシフトを厳守することを要求される。たった1人のクルーが欠けただけでも、その航行に困難が降りかかる。急変する状況を的確に判断し、瞬時に対応できる適応力が必要となる。

このレースでの経験を通して、私は航海でのリーダーシップにおける6つの教訓を学んだ。これはビジネスでのリーダーシップと共通点があるのでここに提示したい。まずは6つの教訓すべてのベースにあるものは人間同士の信頼である。もちろん、船上ではクルー同士の能力と判断力への信頼があるかないかは命にかかる。


航海から学んだリーダーシップ教訓:

ストレスが生み出すパワーを活用する

15人それぞれが重責を背負いながらも、高性能なチームとしてひとつにまとまったのは何故だろうか?それはストレスの要因に目を向けるのではなく、ストレスが生み出す莫大なパワーを活用したからである。この状況下では共に力を合わせることしかない。人間が本能的に個ではなく、チームに向かう時、そのストレス回避機能より、ストレスを受容する勇気でストレスを強力なパワーに変換することができる。

2 相互扶助や共生という意識

ヨットを全速力で走らせ続けるためには、クルーは交代でヨットを操舵することになる。短距離のボート競技なら、舵を取る賢い操舵手で勝敗は決まる。しかし、今回のレースでは、各人がリーダーと助手の両方の役割を交互に果たしながら、連帯責任を負うという考え方がベースにある。小チームに分かれ、自分の番が来たら責任を持って仕事を行い、休息の時間をとる。他のメンバーが悪戦苦闘していれば、お互いに助けるという相互扶助や共生という精神が極めて重要になる。そこでは自分が役割以上のことをして英雄になる個人プレイは許されない。何故なら、その状況では誰もがやがては疲れ果て、非効率になるばかりだからだ。

3 必要なことを必要な時に伝える

操舵手が頻繁に変わる場合には、明確なコミュニケーションが伴になる。それによって、航路を維持し、一貫した戦略を遂行できるからだ。舵を握る際に重要な情報は、風向きや風の安定性、波の角度や進路などである。そして、誰もが同じものを見ているとは考えてはいけない。目が暗闇に慣れていない時は尚更である。業務のハンドオーバーはできるだけ明確かつ迅速であること。そして、差し迫った目標に関係のないことには一切注力しないことである。

4 常に規律を意識する

レース中は規律が極めて重要になる。数人がかりで帆を上げたり下げたりする作業もかなりの練習が必要で、決して近道は通用しない。そして、規律を厳守することを常に意識し、それに対して責任を負うことである。例えば、デッキに出て作業を開始する前には、救命胴衣の着用が義務づけられている。15分で着用し、15分で取り外すという行為を4時間毎に行わなければならない。この30分という貴重な時間は睡眠や食事の時間に影響してくるため、この行為をスキップしたいという衝動にもかられる。しかし、万一の事態に備えて徹底するという個々の意識と使命感がチーム力になり、最終的に航海の成功へとつながっていく。

5 リスクを想定し、選択肢の結果を予想する

海上では、風や波などの自然現象をコントロールするのは不可能である。速度と効率性はあらゆる要素の結果をどう予測し、決断するかで決まる。例えば、強風の場合、現在の進路を維持しながら嵐が通り過ぎるのは待つのか。それとも、悪天候を避け、回り道をしてまでも航路を変更するべきかということだ。ラスパルマスからセントルシアまでは直線で進む方法はない。私たちは分単位で決断を迫られ、安全性と速度の微妙なバランスを図りながら進むことを要求された。起こることを予測し、自分たちの決断と行動がどう影響するかを想定する能力も要求されることになる。

6 何かを見失う覚悟を持つ

1週間も航海すると皮膚が海水の塩でバリバリになる。しかし、目的地である陸はまだ視界に入らない。そうなると「何故こんなことをしているのか?」、「勝つことにどんな意味があるのか?」という問いが頭の脳裏をよぎる。こうした精神的な不安やネガティブな思考を撃退するにはどうしたらいいのだろうか?それには自分の強さと価値観を取り戻すことである。この挑戦に向けて行った準備や努力、過去に同様なことを克服した経験を明確に思い出すことである。そうすることで最善を尽くそうという気持ちが自然と沸き上がってくる。

大西洋横断ヨットレースに参加した TEAM BRUNELを操舵するRick Bomer
大西洋横断ヨットレースに参加した TEAM BRUNELを操舵するRick Bomer氏

「確立された習慣やマインド、社会的環境がなくなることを覚悟すること。そうやって初めて、お互いに信頼、尊重でき、相互扶助しながら、人間として深くつながることができるのだ。」

私がこの航海ラリーで学んだ最も大きな教訓は、大洋を横断するにはそれなりの覚悟が必要だが、他者と緊密な関係を保ちながらそれをするのはさらに困難だということだ。肉体的にも精神的にもキツイ航海の中で、お互いを深く理解し、情報を共有することは容易ではない。大航海時代の探検家であるクリストファー・コロンブスは「陸地を見失う勇気や覚悟をもたなければ、海を渡ることができない。」と残している。これはビジネスにも置き換えることもできる。確立された習慣やマインド、社会的環境がなくなることを覚悟すること。そうやって初めて、お互いに信頼、尊重でき、相互扶助しながら、人間として深くつながることができるのだ。

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